私の学生時代~「コミュ障」を克服するまで③~

こんにちは、あずまです!

 

今回は前回の『私の学生時代「コミュ障」を克服するまで②』の続きをお話しします!

 

前回まで私はコンビニを使ったコミュ力向上訓練を行っており、半月経ったところで

「コミュニケーションは会話のテンプレートを増やしていくことで上手になる」ということに気づきました。

 

そして私はゲーム感覚で舞台をコンビニからスポーツショップハンバーガーショップと変えていき、話せるフレーズ、慣れたフレーズを増やしていきました。

 

そして学年が変わり、クラスも変わった高校三年生。

 

 

今までの訓練が身を結び、転機が訪れます。

 

新学期に隣の人から話しかけられた時、会話をしていくことができたのです。

そしてその人とは、学校で毎日話す、友達と言える仲になれました。

 

その人には「あずまはあんまり自分のこと話さないけど、話してみると良いやつだよね」と言われました。

 

要するにこの段階での私は、
「自分のことについて自分の言葉で話すことはできないけれど、人の話に相槌を打つことはできる」状態だったのです。

 

首でしか会話できなかった時と比べたらとんでもない進歩であると言えます。

 

そしてこの友人との出会いが、二つ目の転機です。

 

転機は学園祭の時です。
目立ちたがりだった友人から学園祭の司会に誘われたのです。

 

 

私の高校は毎年学園祭の司会を最高学年のクラスから一つ抽選で選び、その中で役割を決めるというものでした。

 

1週間前に誘われたのですが、私は「どうせ他の人が立候補するし、流しておこう」と思い、うんうん程度で聞き流していたのですが、当日になって自体は急変します。

 

司会の募集になった時、その友人以外誰も手を挙げなかったのです。

 

私は最初たじろぎました。隣では友人が(手を)挙げろ挙げろと囁いてきますし、他の人が手を挙げる気配もありません。

 

一体誰がやるんだという空気になった時、私は手を挙げていました。

 

自分でも驚きました。

 

しかし、振り返ってみると、首でしか会話できなかった自分が、人の話に受け答えし、友人が出来たことで自信が付き、その自信が私を後押ししたのでしょう。

 

「苦手なものを克服すること」は、

たとえそれがその時点で人並み以下の水準であっても]

自信」「勇気」という、

目的達成のために最も重要なものを得ることができます。

 

人前に出る芸能人も、幼少期コミュニケーションがあまり上手くいっていなかった人が多いのはこのためです。

 

そして司会として練習することで自然に他のクラスメイトとのやり取りも増え、学園祭後にはさらに自分に自信がつき、「本当にやって良かった」と思いました。

 

今でもその友人に感謝していますが、
いちばん重要なのは手を挙げる勇気、一瞬でも「今の自分になら出来るかもしれない」という自信があったことです。

 

皆さんも苦手なコミュニケーションを1から練習し、進歩を実感することで自信と勇気を身につければ、今は絶対に出来ないだろうと思っていることも出来るようになります。